〜 心配過剰? 〜


『今度10月にイタリアに行くんだ〜』

久々に会った劇団時代の友人達にそう自慢したところ、皆口々に羨ましがっていたが
皆口々に同じ心配をした。『イタリアってスリが多いんだよね・・・?』

中には、スリの悪どい手口をあーでこーで延々説明しだす友人もいたりして、
行く前から不安がらせてくれて、誠に余計な親切である。

確かにヨーロッパは、世界の中でもスリ多発国である方だと聞いてはいたが、
まさか自分の身には起こらぬだろうと他人事のように呑気に構えていた私も、
友人の、スリの手口講座を聞いてるうちに段々『う〜〜〜〜むぅぅ・・・』っと
、不安になってきた。

だってだって、その友人の話によると、ヨーロッパには大人のスリだけじゃなく
、ちびっ子ギャングなんかもそこかしこに居るとか言うんだもん!!

身長190cmほどの大柄な白人男性が、タクシーを止めるために
ちょっとスーツケースから手を離した途端、
突然どこからともなくワラワラと5、6人の少年達が走り寄って来て、
あっと言う間にスーツケースを引ったくって、ワァ〜〜〜と走り去って行ってしまったらしい。
白人男性は、いきなりの出来事に思考回路がショートしてしまった様に、
成すすべなく立ち尽くしている・・・という再現映像だったと友人は言った。
(奴はどうやらTV番組で見たスリ話を私にしていたようだ)

けど、行く前からナーバスになってても仕方がないので、取り合えず万が一の時
の対処法だけは知っておこうと思い、図書館でイタリアのガイドブックを2冊借りてきた。  
                 
※ 旅行中のトラブル(スリ編)
   イタリアでスリに会った場合、その時はハッキリした口調で“Basta!(やめて!)”
   “Milasci andare!(放して!)”とキッパリ撥ね付けよう。
   イタリアは、アメリカと違って人を傷付けてまで物を盗もうとするスリは
   滅多にいないので、強気の姿勢で応じればスリは逃げて行くので安心しよう。  

 ただこれは現行犯の場合なので、知らない間にあれ?財布が無い?っとな
った時は、それはもうスリが悪いのじゃなくて不注意だった自分が悪いのだとまで
書いてあった。


二冊目には、スリに狙われない為の方法なるものが書いてあった。
   
※ リュックは背負わない(特に人込み)
※ 鞄、紙袋などはなるべく体の前方に持っている
※ 腰巻ポーチは観光客スタイルとして目を付けられやすいうえに
  スろうとしてナイフなどでポーチを切ろうとする際、
  誤って体まで傷付けられる可能性がある

そしてその本には、ご丁寧に過去実際あったスリ事件が何例か紹介されていた。
 
・ 込み入った地下鉄で、カッターナイフで紙袋に四角い穴を開けられ、
  その穴から中身をごっそり抜かれた婦人
・ 服が汚れてますよと近づき、拭くフリをしながら知らない間に財布をスられた男性

酷いものになると、オートバイで走り寄って来て観光客の背負っているリュック
をガッシと掴み
そのまま観光客ごと何十メートルも引きずって行ってしまったという、デンジャ
ラス派のスリもいる。

スリの多くはジプシーの人達なのだが、見分けは簡単。
浅黒い皮膚、濃すぎる目鼻立ち、そして粗末な身なり・・・。

現に私もイタリアで市バスに乗っている時、ジプシーの少年を見た。
その少年は、緑の縞模様の所々破れた服を着て、込んだバスの中で
目だけキョロキョロさせている。
その目線を辿って行くと、乗客の持っているバックにぶち当たった。

『こいつは怪しい・・・』っと思っていると、私の前に座っていたイタリア人の
おばさんが
「後ろにいる緑の服の少年、ジプシーだから鞄、気を付けなさい」と、
わざわざ英語を使って教えてくれた。

ありがとう、オバさん と言って何気なく後ろを見ると、なんと緑の少年は、私
達の真後ろまで近づいていた。慌てて鞄を上着の下に隠した。

緑の少年は、我が添乗員さんに何やら話し掛けているいる様だった。
しかも二人かなり白熱したような話し方だ。
それでなくてもイタリア語って奴は、普通に話していても 怒ってんの?
っと聞きたくなるほどの抑揚と発音なのだ。

バスを降りた後、添乗員さんにあの時何を話していたのか聞いてみた。
するとどうやら緑の少年は、聞かれもしないのに、切符の買い方を添乗員さんに
いきなり説明しだし、
添乗員さんが、そんな事は教えてもらわなくても知っているっと無視をしたにも
関わらず、説明を止めなかったのだと言う。
そして、一通り説明し終わった後、彼は『教えてやったんだから金よこせ』と添
乗員さんに詰め寄ったらしい。

だが私達の添乗員さんも随分と気の強い方で、彼女はキッパリこう言い除けた。

『私はそんな事頼んでもいなかったわよ。勝手にあなたが話し出したんだ。
 そんなものにお金なんか払えるか!あっち行け!!』

添乗員の仕事をして海外まわっていると、こんな事はしょっちゅうあるらしい。
だから、口調も気も強くないとやって行けぬっと言った彼女は40歳独身。

ミラノの街には物乞いも沢山いた。茣蓙を敷いて、逆さにした帽子を傍らに置き、
俯いて座っていた。
中には、犬連れの物乞いもいて、哀れにも犬まで俯いていた。
お金を恵んでるイタリア人もいっぱいいた。

それにしても、本物の親切と装った親切を見極めるのはすごく難しい。
前回書いたが、一日目の自由行動で【最後の晩餐】を見に出掛けた時の事・・・。

どの建物も皆似たり寄ったりで、デッレ・グラツィエ教会の場所がなかなか判らずにいた
私達は、地図を持ってウロウロキョロキョロしていた。
(今思うと、スリに“狙ってください”と言わんばかりの行動である)

するとそこへ、一人のイタリアオヤジが自転車でスーって近寄って来て私達の前で止まり、
「コンニチワ」と話し掛けてきた。

“日本語を喋るイタリア人は先ず用心しろ”
どのガイドブックを見てもそう書いてある。私達は一瞬身を硬くした。

「キミタチ、ニホンジンデスカ?コレカラ ドコイクノ?」
「あ・・・、デッレ・グラツィエ教会まで・・・(ドキドキ)」
「バショ、ワカリマスカ?ソコノカドヲ ミギニマガッテ・・・アンナイシマショウカ?」
「あっ、いえ、大丈夫、判ります(ドキドキ)」

ドキドキしているのを相手に悟られてはいけない・・・。私は気持ちとは裏腹に
ハッキリした口調で答えた。

向こうはだいぶ日本語が通じる様である。
友人と私は、どのようにしてここから早く立ち去るか相談したかったのだが、
向こうは日本語が通じるし、それにもしかしたら本当に親切なオジサンだったら
申し訳ないので、
それは出来なかった。
相手を傷付けずに、尚且つ財布も守るには、この場を早々に立ち去る他無い。

「ありがとう!そこを右ですね?行ってみます。さようなら!」

私は、オジサンが聞き取りやすいように出来るだけハッキリと判りやすい言葉を
喋り、そそくさと、その場も離れようとした。
ところが、そんな私の腕をオジサンはガッっと掴み、引き止めようとした。

まさか・・・、教えてやったんだからと金をせびられるのでは・・・・!!

もう心臓バクバクである。
私はただただオジサンを見返していた。
見えなかったが、友人も後ろでオタオタしていたのは気配で判った。

オジサンは私の顔をジッと覗き込み、低い声でボソッっと呟いた。

「ニホンノ ドコカラキタ?」
「・・・??・・ち、ち、ち、千葉です・・・(ゴクッ!)」

言った後に、千葉より東京と答えた方が判り易かったかなぁっと一瞬思った。
だがオジサンは急にニカッっと笑って、

「オォ!チバネ、シッテル!イイトコダネ〜、チバ。サイタマ、グンマ、ナガノ・・・。
 ジャ、キョウカイハスグソコダカラ、キヲツケテイッテラッシャイ。チャオ!」
と言い残し、自転車でスーっと去って行った。

私達は呆然としてしまった。
ドキドキしていた割には肩透かしを食らったと言うか・・・。
一体なんだったのだろう、あのオジサンは。
スリだったのだろうか、私達が警戒している様子なので諦めて去って行ったのか

はたまた日本人好き、話好きの陽気で親切なイタリア人だったのか・・・、
それにしても私達が日本のどこから来たのか、腕を掴んでまで知りたい疑問だったのだろうか、
しかし、ただ単に日本人好きな陽気で気さくなイタリア人だったら、もっとお話したかったなぁ。

だが、この他にも駅で切符の買い方が分からないでウロウロしている私達に
「お金預けてくれれば切符、買ってきてあげるよ?」とか、
「○○まで行きたいなら、○○まで案内してあげようか?」

などと声を掛けてくれる人とかいろいろ会ったが、どの人にも『この人はもしや・・・』っと
変な警戒心ばかりが先に立って壁を作ってしまい、現地の人と全然コミュニケー
ションが取れなかった。

地下鉄に乗っている時も、何故かいつの間にか4人ほどの男の人に不自然に囲ま
れていて冷や汗もんだった。

だが、なかには本当に日本が好きで、日本語を勉強してて、日本人を見たら嬉し
くてつい話し掛けたくなってしまう人だっていたかもしれぬ・・・。
ホテルの人達なら安心なのに、現地の人々に話し掛けられると、
先ず警戒してしまう自分が何だかものすごく悲しかった。

スリをなくすことは、現在のイタリアの経済情勢では無理なのでしょうか。
働きたくても、ジプシーだというだけで職にありつけぬ彼等には、
やはりスリをするか、細々とお花を売り歩くしか道は無いのだろうか・・・。

しかしスリだって時には命がけであろう。
狙った相手が見掛けによらずメチャメチャ強かったら、逆にボコボコにされる可
能性だってあるわけだし。
まさに言葉どおり、ハングリー精神だ。

イタリアには、スリが馬鹿なんじゃなくて、盗まれる方が馬鹿なんだ という、
悲しすぎる現状が横たわっていた。
(っと、らしくない現実的な〆になってしまった・・・)