恋心って大切・・・


 私ね、いつも思うの。恋をする心というのは本当に大切なことだってね。私自身も考えてみたら、ある時期から恋をしていない日はなかった。つねに何人かいたりもしたのよ。

 一日で終わる恋心もあれば、4年経っても忘れない恋もある。別に恋をする対象ってのはだれでも何でもいいのさ。電車の中で毎日会う人、ときどきあるところですれ違う人、テレビの中の俳優、タレント、時には架空の人物さえいる。私は実に“恋心”多き生活をしてきたと思う。

 東京に初めて来た16歳のとき、毎日毎日寂しかった。そんなある日、錦糸町の私のマンションの近くにあった『スーパーフクスケ』に勤めるある男性が私の目に飛び込んできた。なににビビッときたかと言えば、それはわからない。好きになる、或いは好きになるだろうタイプと言うのは口では言えないけど、本能で感じてるんだと思うのよ。彼はとりたてていい男って感じでもなくって、おしゃれさんとは呼べずただの人ってかんじなの。でもどこかホンワカしてて、何とも言いがたい素敵な人柄が滲み出てて、私のハートにつき刺さったの。顔ももちろん私の中の人には説明できない好みにばっちり合ったんだと思う。ほら、顔っていい男より、自分の中のいい男ってのがいると思うのね。ブサイクなんだけど感じてしまうわ〜とか・・・。

 その人がどうしてそこで働いているのがわかったかっていえば、夜フクスケからその愛しの人がでてきて歩いて30秒くらいのところにあるかなりぼろっちい、こきたない寮に入っていくのが見えたのよ。それから私は毎日そこを通るたびに『あ〜愛しのダーリンに会いた〜い』と思いながら通り過ぎたの。どうしても寂しいときは夜、その寮の前まで行っては彼に会っていた気になったもんだわ。

 そんなある日、4階にあるお部屋からつかつか階段を下っていく人が見えたのよ。誰かしら〜〜??と思いながら暗闇の中、目で追うと・・・ちょっとー、愛しのダーリンじゃないのよ〜。しかも暗いけど見えちゃったの。素っ裸にハンドタオルだけでイチモツを隠しながら階段を小走りに下りていくの。もう私の心臓は爆発しそうだったわ!あたしの心のダーリンが何の前触れもなく足毛たっぷり、余分なお肉も適度につけて、ある一部を除いて裸体をあらわにしてるんですもの。もう私しばらく動けなかったのよ。それでなくても多感な16歳でしょ?

 私はそんなマヌケな彼をもっと好きになって、私は毎日恋の物語を自分の中で勝手に組み立ててた。自分に都合のいいようにね。私東京にいる間中彼に恋をしてた。寝る前なんて、彼のいる独身寮の方向に向かってお祈りしてたもんだわ。

 次に札幌に戻ってから長いこと勤めてた珈琲館では生きてる中で最大に恋をした人がいたの。それはおなじビルの4階西松建設に勤めるある若いサラリーマンだった。その彼を私たちの間では“にしまつ”と呼んでいた。なぜなら名前がわからないのでそう呼ぶしかなかったの。

 にしまつは20代後半くらいだったかしら・・・。さりげない栗色の髪の毛でいつもおしゃれなシャツとネクタイを身につけ、茶色の皮の靴でばっちりときまっていたの。そして私が本能で好きで人に説明できる特徴として、鼻が妙にでかかったわ。顔はどぎつくないやわらかい顔してるのに、鼻が目立つの。く〜〜、もう〜ハマッタわね。

 時々しか店に来ないの。いつも来るとしたら3人4人で来るんだけど、もう一人イイ男っぽい男もいるんだけど、いかにもって感じでダメだったわ。でも予備にはうってつけだって思ってた。ちなみにその男の名前は史郎って知ってるんだけど・・・。なぜかって言ったら、珈琲館全店で宝さがしっていうキャンペーンがあって店内にいつくかあるものを隠すの。そして応募券に隠し場所を書いて送るのね。そこに住所とか名前とかを書くところがあって判明したの。それなのに愛しの“にしまつ”は、とっとと応募箱に入れちまって、史郎や他のブサイクどもが私に券を渡したの。私、“にしまつ”だけに隠し場所を目で合図して教えたのに。

 にしまつが店に来るのは2ヶ月に1回くらい。それ以外、ほかのブサイクたちはちょくちょく来るのよ。ブサイクどもはこの世の天罰を一気にくらったような顔をしてた。にしまつと楽しく話してるのを見て、嫉妬というよりは憎悪を感じたのよ。「なにさ、私は目を合わせるのもやっとなのに、一緒にトースト食べたりして。やめてよ、あんたより私がそこの場所にお似合いよ!!」と思った。でも単なる仲間の男をつかまえてそう思ったのも、にしまつを愛してたからなの。

 でもにしまつとは結局一度も話せなかった。チャンスはあったのに、私のヘンなプライドが邪魔をしてひどいもんだったわ。店でも近づきになりたいと思う心でオーダーを取りにいっても、『あら〜、あんたには微塵の興味も感じてないのよ〜。さっさとオーダーなさい』というような涼しい顔をしてね。

 それに外でも何度も会ったの。でも彼を見つけると胸のあたりが“キュン”ってして苦しくなるのよ。目があったら逃げ出したくなるの。もちろん無視。あいさつも交わせないの。あー、また私なにやってるんだろう・・・と何度も思った。私の悪い癖、いつもそう。好きな人の前では無視か冷たくしちゃうの。心の中ではあたしはリオのカーニバルに負けないくらいの情熱でサンバを踊っているのにね。

 エレベーターで一緒になったときもそうだった。私は6階に出前に行くところだった。そしてにしまつも乗りこんできたの。一気に苦しくなった。でも私は私のプライドを守りつつ、さりげなく4回のボタンを押したの。“知ってるのよ、あなたのいる場所・・・”。この心のメッセージを感じてほしくて。にしまつの顔をまじまじとは見れなかったけど、確か不思議そうに見てた気がしたわ。私、苦しくて呼吸をするのもやっとだった。つーか忘れてたの。その時間が長くも短くも感じた。エレベーターを降り際、にしまつは『どうも・・・』と一礼をして降りていった。私はやはり一礼をして見送った。いつものようにクールに。うれしかったわ。にしまつが私に話した。でも同時に情けなかったわ。私っていつまでたっても変わらないなぁって・・・・

 この思いの丈は、店で一緒に働く女や客たちにも話してたの。そのときはにしまつには絶対見せないテンションで。私ね唐突に、こう言ったのよ。「私、にしまつのおしっこだったら飲めるわ。汚いなんて思わない」 みんなあっけにとられてたけど、さらに言葉を続けたの。「おしっこ飲むなんて言ったら変態だって思うでしょ?でもね、そんなことしたくないけど、もしにしまつが飲んでくれって言ったら私は喜んで飲む。普通で考えたら汚いけど、にしまつならへっちゃらよ!」店で10人くらいに話してたけど、一人しか賛同してくれなかった。私は変態になれるほど、本当に“にしまつ”のことを好きだった。

 珈琲館にいる間、ずっと思いは変わらなかった。私の空想の中での恋愛だった。私の妄想物語ではいろんなことがあった。彼が私に会うために飛行機で飛んできたり・・・(おなじ札幌に住んでたのに)、彼の子供を身ごもったりして、私が彼に「こんなこと世の中に知られたらあなたがダメになる。だから産めない」。するとにしまつは「そんなこといいんだ。俺とおまえの子供が欲しいんだ」 そして私はにしまつに手を握られながらトイレで出産するというシチュエーションだった。そのとき私は便秘だった。だから苦しさと妄想にはうってつけだったのよ。私は10分間の出産を経験した。(さぶっ・・・)

 今から思えば病気の一歩手前だったと思う。あんただいじょーぶ?って今の私から言ってやりたいわ、昔の私に。にしまつに対する思いをうたった歌も作ったの。でも全て私の支えになってたの。それだけで勇気が湧くっていうかさ・・・。

 とにかく私が言いたいのは、恋する感情ってのはいつでも忘れたくないってこと。それはなんでもいいのよ。メールでしかしらない人だっていいと思う。自分でわかっていれば、心の中だけの恋は成立すると思うの。私なりの順序をつけるとしたら、家族や友達、恋人を一番だとしたら二番目は絶対“恋心”なの。

 自分だけで勝手に恋をしたっていろんな刺激があると思う。つらいと思う心も楽しいって思う心も、生活に張りを与えてくれるの。心のコラーゲンっていう感じよ。心に張りが生まれればおのずと自分だって素敵に見えてくると思うの。だからいい恋をしてないときやそんな感情がないときは、どこかよどんで見えるんだって感じたことがあるの。

 だから10代のような激しくて、ちょいと変態チックな恋心なんてもうないかもしれないけど、その感情だけは忘れたくないっていうか、素直でいたいって思うのね。そこにパワーを使うのを恐れたときが、私じゃなくなるときだと思う。

 で〜も、10代のようなことをそのまま実践したら“妖怪キヨゴン”になっちまうから気をつけるけどね。ふんっ、若いからってなにさ!だんだん心のしわが増えてきたほうが、痛みも優しさもわかって“キュン!”ってすんのよ。しょんべんガキどもにはまだまだ負けてらんないわ。

 最後に神様・・・・
         いつまでも往生際の悪い私をお許しください・・・by kiyo