母に贈った作文「おかあさん、ありがとう」



 私達が暮らすアパートから手を振る子供達
「ばぁばー!」その姿に気がついた母もいつもの合図をくれる
両腕で大きな丸をつくるポーズ。「子供達は元気?」と
私も同じポーズをつくり、「大丈夫よー」と伝える。
私の実家とアパートは、畑を挟んでお互いに見える距離
ご近所でも羨ましがられるくらいだ。
母は,嬉しそうに笑ってうなづいている。そんな笑顔が私の心の安定剤。

 2年くらい前、2人目の子供を妊娠している時、離婚を考えた時期があった。
夫の浮気だった。
毎日の様に顔を合わせている母には、すぐに分かったようだ。
母の問いかけに、私は胸のつかえを吐き出す様に全て話した。
30歳を越えて、母の前で大泣きした。
母も驚いた様子だったが、一言こう言った。
「今は、お腹の赤ちゃんの為に眠りなさい」と
その頃、夫の何もかもが苦痛でしかなかった。1歳半の子供と妊娠中の身。
話し合っても うろたえる夫の姿に私は、決意した。
母は,その決意を聞き 静かに思い出話を始めた。

「お母さんは、家に帰りたくても帰れなかったよ
 母は亡くなっていたし、秋田は遠い所だったもの…
 若い頃、お父さんとケンカしてね、アパートを飛び出したことあったよ
 近くの商店街を一周してさ、悔しいからラーメン食べてさ
 お母さんは、子供達の為に頑張ったことが沢山あったよ
 千香も頑張ってみない?
 お母さんは、頑張って良かったなぁと思う事が沢山あったもの
 3人の子供を育てると思って頑張ってみなさいよ」
私は、自分が恥ずかしかった。
母は私と同じ年の頃、3人の娘を育て、父の自営する工業所の事務をし
若い職人さんの世話もしていた。私は、何不自由無く育った。
自分の家庭を持って初めて思い知る、家事・育児の大変さ!
辛い事、悲しい事も沢山あったことだろう…一人で泣いていたんだろう…
一人で乗り越えて頑張ったのだろう…私の幼い頃の母の姿が沢山思い浮かんだ。
自分が情けなくって涙があふれた。

私は、母に守られて生きてきた事を改めて気付いた。
母の強さ、大きさ、あったかさ・・・
私の母は、怒ると口をきかないひと でも、どうしてか今なら分かる気がする
私が幼い頃、病気の時いつもこう言っていた「お母さんが代わってやりたい」と
その気持ちが今なら分かる。母は、いつも自分のことを後回しにする。
食事もお風呂も・・・そんな時代の女性だ。
「子供の為に…」というように自分を犠牲にするという考え方は、古風かも
しれない。ナンセンスなのかもしれない。でも、同じ女性として 
その信念を貫いて生きている母を私は尊敬する。

お母さん、いつも見守っていてくれてありがとう
お母さんに学ぶ事がまだまだ沢山あるのだと思います
いろんな生き方があるけど、私はお母さんのようなお母さんに
なりたいと心から思います。一人の女性としてお母さんを尊敬しています。
お母さん、ありがとう。

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この作文は、3年前に贈ったものだ
現在、私は夫と2児の子と暮らしている
良かったのか悪かったのか、答えなんか無いのだと思う
あえて試練を選んだ私は、今 子供達がパパと遊ぶ光景に幸福感を想う。