樹海



 私は年に一回くらいのペースで樹海に行きたくなることがあった。
 それはいやなことがあったり悲しいことがあったり、またなぜかわけも分からず
そうしてしまいたいことがある。

 なぜ樹海かと言えば、小学生のころ合唱団に入っていて何かの発表会の課題曲に
「空と樹海と湖と」という歌があった。その歌の中で「樹海の中で〜人が死んで
いる〜♪湖のそこに〜人が沈んでる〜♪・・・」というようなけっこうディープ
な歌詞があって、それを毎日3時間、土日は9時から3時までの6時間繰り返し
歌っているうちに、なぜか知らないが私の中に強烈なイメージが焼きつけられた。

 それから、事あるごとに「樹海に行きた〜い!誰か一緒に行こう〜!」と冗談だ
が、口癖のようになって私の“ベストオブ樹海”の事柄はどんどん更新されてい
った。
 でも一番の理由はもっと違うところにあったのかもしれない。

 私は昔からみんなとわいわいやるのが好きだったし、人を楽しませるのも好きだ。
だから夜のお仕事をはじめたのも、たぶんそういうことが好きだったからに違い
ない。夜をやっているときは「シェリーは一家に一台欲しいわよねー」と言われ
ていて、私もそれを誉め言葉と感じ、本当に喜びを感じていたのは事実だ。

 しかし、夜をやめてから次第にそういった言葉が逆に苦痛に感じられてきた。
よく私には飲み会のオファーがあるし、好きだから参加する。
みんなと盛り上がっていろいろな話をする“宴”は楽しいのだが、同時に私はい
つも孤独を感じていた。

 「やっぱりkiyoがいないとねー」「あんたが来てくれてよかったわ」などと言わ
れるのはいいのだが宴が終わった後、ある男女何組かはどこかに消えて行き、ある
者は私に「今度のいついつは絶対来てね、とにかく盛り上げてね!」、中には「
最初の30分だけ来てよ」と言い、まるでそれ以外、私は必要ないかのように言い放った。

 私は思った。「私っていったいなんなの?あんたたちにとって私はそれだけなの
?」と・・・。そして、「イロモノとしてだけ扱われて、進行役のような役目を
するのは真っ平ごめん。仕事をしに来てるんじゃないんだ。」とも思った。

 ある時から私は一切の集まりに参加しようとはしなくなっていった。連絡が来て
も断りつづけた。そんなことがしばらく続いた後、友達に、普段テレビの悲しい
場面以外ではほとんど泣かない私が涙を見せた。

 「ねえ、私っていったい何なの?そんなときしか私はいらないの?私も普通の一
人の人間なんだよ。ゲイに生まれてしまって話し方も話すことも、動きだって違
うかもしれない。でも私は『ゲイ』じゃなくて“私”なんだよ。考えることだっ
てしたいことだって大差ないんだよ」

 友達は言った。「見てるよ。私はあんたの中身も見てるよ、知ってるよ。私一人
じゃいやだ?ううん、ほかの人だって見てる人はいるんだよ」
 私はこの言葉で急に楽になった。そうなんだ、それでいいんだ。私は別に何も考
えることはないんだ。

 それから私は復活し、めきめきとパワーを取り戻していった。最初に私が利用さ
れているだけと感じたのも、結局自分がそう思っているだけなんだと思った。そ
う思うからそうなるだけ・・・と。

 そして私は逆にそれを逆手に取ってやろうと考えた。夜のときもそうだが、こう
いうことをしているからいろいろな人々の出会いがあるというのも事実だ。そし
て深く突っ込んだところまで話ができるというのもある。

 「これは私に与えられた個性なんだ、そしてただ“ゲイ”というだけではそうそ
うお誘いはない、そこには“私”というものが付随してはじめて伴うものなんだ。
 そこには私がしっかりいる」自分の中ではっきりした。
“逆手に取る”と悪い言葉で書いたが、ただ素直に生活していればいいだけの話しだ。

 私は自分が楽しむということをもっとも大切なことだと考えている。物事を楽しみ
ながら日常を過ごしたり、何かに参加できたほうがいい。だからパーティーなどが
あって自分の都合が許すときはどんどん参加したい。ただあの頃のような自分が利
用されるような集まりには今後も参加するつもりはない。
素敵な時間を過ごせればいい・・・・・

 私はあの時人が私をどう思うかというより、自分がどう思っているか、どうしたい
かを考えることが自分にとってどれだけ重要か気づいた。
 しかし私も人間だ。またいつ“樹海”がちらついてくるかもわからない。これから
もっとベストオブ樹海の出来事が更新されるであろう。でもそのたびに私のクイー
ンパワーで乗り切ってやろうと思っている。

 ただ・・・・、なぜ樹海しか思いつかないかと考える。それは合唱団の音楽の名古
屋先生のせいだ。私に何時間もあの恐ろしいフレーズを繰り返し歌わせた。でもあ
なたのおかげで私は『中島みゆきばり』の歌詞を書くのが得意になったのかもしれ
ない・・・。感謝感謝・・・・・・・・・・・か??