人生の移り変わり  part3




  恋をした17歳・・・

 私はお店が終わると飲みに行ってた。お店に入った頃ママや他の人に連れてってもらっ
ておぼえたお店があった。そこは“ぱぶ 大吉”という店だ。この間、札幌に帰ったとき
久々にススキノに行ったときそのビルの前を通りかかったので看板を探したらまだあった。
人がどのように変わっているかはわからないが生き残っているようだ。その店はどちら
かというと一般の人が行くというより、夜の商売の人々が仕事がひけてからプライベー
トで行くところだ。

その手の店は、ホステスが接客によって受けたストレスや疲れを癒す場で何でもありって
感じで日々楽しかった。働いている従業員もみな男でそれも体育会系がわんさかそろって
いた。飲んだら一気のみは何度でもするし素っ裸になるのも日常当たり前のことだった。
そこで私は一人の男性に恋をすることになった。彼の名前は通称“じょう”という。別に
最初は何の感情もなかった。と言うよりどうでもいいと思っていた。

しかしある日、私が疲れた体を引きずり一人で行った。ほんとに疲れてたけどお腹もすい
ていたのでじょうに卵焼きをたのんだ。カウンターに座った私はその向かいで手際よく卵
に味付けをし、焼いている間に今度はこれまた手際よく付け合せのキャベツを千切りして
いるじょうの姿があった。そして出来上がり私の前に出てきた卵焼きを一口食べた。する
とあつあつでふんわりしていて、それでもって優しい味付けの卵焼きが口に広がって、す
ーっと何も食べていなかった胃に落ちていった。なぜか疲れもすーっとなくなっていった。

それから行く度私は“じょうの卵焼き”を頼んだ。それと同時にじょうのことが好きにな
っていったのもこのときだった。しかし、よくありがちだが好きになればなるほどわがま
まになっていった。「これ全部飲んで!」と言ってカウンターの上にビールを10本並べ
たり、10分でも私の前から離れようものなら大声で呼び寄せたり、無理な要求をしたり
困らせたりしていた。あの頃は私も若かったのでこんなこともあったのだ。

しかし、じょうは優しかった。私の疲れを癒そうと一生懸命だった。そういうのが感じら
れればなおいっそう好きになっていった。

ただ、悲しいことはじょうは普通のストレートで女性が好きということ。しかもかなりの
女好き・・・。でも好きという感情はは止められるはずもない、私は足しげく通った。私
が可能と思うことは全てじょうに伝えてきたし自分を表現してきた。それからこれはエピ
ソードだがじょうは優しいから私にキスをしてくれる。

しかも嫌な顔ひとつしないで普通にしてくれる。それ以外にも私が仕事で悩んでいるとき、
悲しいとき、おどけながら唇を近づけてきてそっとキスをしてくれた。
何度も私はそれで助けられた。もう泣きたいくらい好きだった。

しかしそんな優しさを見せられるほど傷ついていたことも事実だ。私は知っていた、じょ
うは私の友人でもあるクラブに勤める子に思いを寄せていることも・・・。
じょうはよく酒で潰れる。そのときにその彼女のことを私に話すのだ、彼女への思いを。
私は耐えていた、できれば耳をふさぎたい話だがいつものように憎まれ口でもたたきなが
ら泣きたい気持ちを我慢していた。

だが決定的になったのは2月14日、バレンタインデーのときだった。私は毎年お客さん
用や周りの知り合いのためにチョコを買っていた。その時じょうにはとびっきりのものを
用意した。それをもっていつものように大吉に向かった。
チョコを渡したときじょうは喜んでくれた。私はそれを見てさらにうれしかった。

でもいつものごとくじょうは潰れかかっていた。あるときふと見ると、じょうは酔っ払
いながら小さなチョコレートを抱きしめていた。私は他の店員に聞くと、
それは例の私の友達のクラブの女の子が義理でみんなに配ったものでじょうのもそのひ
とつだった。それを抱きしめながら彼女への思いを延々と語りだした。
私のあげたのはというと店の端のほうに置き去りだった。

私の中の糸が切れた・・・耐えられず泣き出してしまった。全て今までの我慢してきた
涙が溢れ出してきた。一緒に来ていた友人はじょうに向かって怒り出した。

「じょう、あんたなに考えてるの?シェリーがどんだけあんたのこと好きだかわかって
んでしょ?よりによって今日こんなところでこんなことしなくたっていいでしょ!もっ
と気を使ってあげてもいいじゃないの?」私は「もういいから」
と彼女の言葉を制止した。酔っ払ってるじょうに言ったってわかるはずもないし、
彼が悪いわけじゃない。酔っているときのそういう言葉は本心が如実に現れていること
が多い。

それから友達が「気を使ってあげてもいいんじゃないの?」と言ったが、私はそれが一番
いやだった。気をつかわれてまでそういうことに対する対応はされたくなかった。わたし
はほどなくその場を離れた。自分が惨めになるだけだから1秒でもいたくはなかった。

そのあとも友達の家に泊まりに行って泣き明かした。わんわん声が出なくなるまで泣きつ
づけた。その時昼の仕事も同時にしてたのだがさすがに行けないと思い泣きながら休みの
電話を入れた。そして気づかないうちに私は友達の腕の中で眠っていた。目覚めると不思
議に悲しみも少し薄れていた。そしてまた夜がやってきて私の一日は何事もないように始
まった。恋をひとつ無くした事実もなかったかのように・・・

これが恋に対する初めての苦しみだった。私たちの世界ではどんなに好きでも実らない恋
っていうのがたくさんある。仮に女性なら1パーセントの可能性がないということはない。
しかし私たちゲイはどんなに愛しても1パーセントの可能性も絶対にないとは言い切れな
いが現実ほとんどない。悲しいがどうしようもない。

しかし、恋ができたときは一般の人にはわからないほどの喜びが湧き上がってくるのも
事実だ。ともかく恋というのは一人に対したくさんのパワーを使い、たくさんの様々な
ものを与えてくれる。一生恋をしつづける・・・
これは生涯忘れたくない言葉のひとつ・・・。