カミングアウト〜ゲイ履歴書〜part8-主婦になること&危機編-




 私は彼との生活を続けていると、なぜか普通の生活をしたいと思うようになった。
それは、夜の仕事を続けていたせいもあって昼と夜のギャップもあったけど、彼との
サラリーマンタイムを過ごすほうが楽しくなっていたし、夜の仕事に出かけるときの
独特の淋しさにも駆られていた。
 
 いつそれをママに言い出そうか迷った。ギリギリまで我慢してそれは半年以上も待
ってついに打ち明けた。すると以外や以外、ママはこう言った。「シェリー、よく今
まで我慢したわね。彼と付き合って暮らしてそして仕事して・・・。そして彼がよく
今まで我慢してくれたわね。普通いやがる人が多くてなかなかこういう仕事してると
幸せになる子って少ない中、彼はずっとあんたを見守って耐えてきてくれた。わかっ
たわ」

 なんとも言えない嬉しさがこみ上げてきた。苦しいこともたくさんあったけど、報
われる言葉たちであり新しく出発することに対するはなむけの言葉でもあるように感
じられた。それから3週間、一生懸命がんばった。力を出し尽くす勢いで仕事に励ん
だ。最後の日も誰にも何にもいわずに店を終わらせた。終わった後、ママと周りの人
たちだけでこぢんまりと送別会を開いてくれた。明日から出勤しないと思うと淋しさ
もあった。涙がこみ上がってきそうだったけど、最後まで笑顔で終わらせた。そんな
がらじゃないし・・・

 それから以前勤めていた珈琲館へと戻り働いていた。昼の安い時給で夜とは比べも
のにならないほど収入はガタッと落ち、貧乏へと変わってしまったが、金はなくとも
落ち着いた生活がそこにはあった。本当にパートのおばちゃんと同じ感じだった。朝
10時に出勤して、昼の3時にはあがる。そして買い物に行き夕食のために店内をゆ
っくり物色する。あの頃はパワーがあった。平気で平日からフランス料理を作ったり
していたし、またそれができる環境にあったのだ。

 その生活と引き換えに私には淋しさというものも待っていた。彼は私が外に出るの
を嫌うくせに、連絡無しで会社の飲み会に行ったりしていた。多分自分が行ってる手
前、なかなか言えなかったのであろう。しかし私もかなりいやな女房だった。何時に
なろうとも彼が帰ってくるまでご飯を絶対に食べなかった。11時に帰るといって午
前1時になってしまっても一切手をつけなかった。さらに、玄関の前でじっと待って
いたことすらあったのだ。今から考えるとよくあんなパワーがあったなと感心するや
らあきれるやら・・・

 とにかく私が夜の仕事をやっていたとにきはなかった寂しさや虚しさがあった。幸
い私の趣味の中に音楽を作るというのがあったため押しつぶされそうにはならなかっ
たけど・・・

 けんかもよくしていた。あの頃二人はとても若かったから、互いに譲らずというよ
うなけんかは日常茶飯事だった。それに縛られて嫌だという感情はあったが、それほ
ど大きなことには発展しないでいた。

 そんなある日、彼がアメリカに旅行へ行こうと言い出した。別に何のお祝いでもな
かったけど、彼は勝手に“新婚旅行”みたいな名目で話していたように思う。私はす
でに海外へは二度行っている。そう、エッセイの中でも登場した台湾へだ。しかしア
メリカには行ったことがなかったのでとても嬉しかった。もちろん旅費は彼持ち!(笑)、
彼も久々の海外旅行に情熱を注ぎ込んでいた。毎日仕事から帰るたびにいろいろな調
べもの、行くところのピックアップ、などなど熱心に調査していた。

 そして、無事楽しい旅から帰ってくるやいなや今度は悲しい知らせが待ち受けてい
た。人生と言うのはつくづく楽しいこととそうじゃない出来事がワンセットになって
いるものだなと感じる。彼はまた東京の本社へ戻らなければならなくなったという知
らせだ。彼とは転勤で札幌に来ているときに知り合っている。いずれ・・・とは思っ
ていたけど、実際にこのように突きつけられればさすがにショックは隠せない。

 彼は「どうする?」って言っていた。一緒に来て欲しそうだったけど、私はこう言
った。「東京には行かないよ、別れるつもりもないけど・・・」「どうして??」「
それは、向こうに行けば必ず二人の生活が壊れることが見えるから。きっとお金の面
でも、そしてあらゆる面でも疲れるだろうしキリキリとした生活はしたくないんだ」

 私は彼と付き合う前に東京に少し住んでいたこともあったので、そのときの状況か
らこういう答えを示した。それに勢いに任せて言ったのではなく何度も悩んだ末、今
回はこれが最善の方法だと思ったのだ。彼もずいぶんそのことで悩んでいた。でも最
終的には彼も納得してくれて、時々はどちらかが会いに行くということで納得した。
そして私たちは離れた・・・・

 それからというものは電話で話していた、ほぼ毎日。手紙も彼はよくくれたが私は
筆不精なためほとんど書くことはなかった。しかしでも大変だった、まだあの頃長距
離電話というのは少し安くなってきたとはいえ、まだまだ高かった。お互いにそうそ
う電話もかけてられないだろう。彼は1〜2ヶ月に一度は会いに来てくれた。飛行機
代もたいへんだっただろう。その上、私はパパと妹とそのとき暮らしていたため自宅
に呼ぶことはならず、別途ホテルをとって会っていた。そしてゴールデンウィーク、
夏、秋と会いに来てくれたのだった。

 そして秋も終わり冬に差し掛かる頃だろうか、しばらく忙しくて連絡をとらないで
いたことがあった。すると手紙が送られてきた。私はなんだろうと思い読んだら、そ
れは衝撃的な内容だった。その内容とは、細かいことは抜きにして別れをにおわせる
文だった。そして、いい人をみつけて・・・と。

 私はびっくりした。紛れもなく寝耳に水だった。一生懸命考えてみた、これは一体
どういう意味なのか・・・むこうに好きな人ができて私と別れたいのか、このお互い
の生活に疲れたのか、それとも逆に私に好きな人ができたと勘違いされてしまってい
るのか・・・その夜私は電話をかけてみた。

 彼はすっかり沈んだ声、私がどういう意味かを尋ねたが泣いている。それでも私は
さきほど書いたことを全て尋ねてみた、がしかし違うと言う。でもまだ若い私がこの
ような状態でいることはかわいそうだというようなニュアンスを話していたが、どう
も私にはそれだけではないと感じた。

 多分彼にはなにかあるんだろう、そしてまいっている状況なのだというのが感じ取
れたのだ。それは、一緒に住みつづけ長くいっしょにいたからこそわかるなにかがあ
るのだろうと電話をしながら考えていた。でも彼は話しを続け、とにかく自分はそう
してもいい(別れても)ということを示唆した。

 私はここではっきりと自分の気持ちを伝えることをしようと考えた。今までもそう
してきたし、今特にそうすべきだろうと思った。

 「私はあんたのこと好きだし、別れようとは思ってない。確かに今の状態はいいと
はいえないけどそれだってずっと続くはずはないし、状況はどんどん変わってくる。
それにどういっていいかわかんないけど、あんたのこと好きだし・・・今までのこと
だって無駄にしたくないのさ。今ここで壊してしまってあとで後悔したくないし、二
人で作ってきたもの忘れたわけじゃないでしょ?お互いに・・・」

 これらの言葉を淀みなく吐いた。彼は相変わらず泣いていたが私は伝えた。最後に
「とにかく私の気持ちはしっかりと伝えたから。あとはあんたが好きなようにすれば
いいよ。よく考えてもし別れたほうがいいならそうしてもいい。まかせたね」そのと
きすぐ隣にはパパが寝ていたけど、お構いなしに言った。あのときは恥ずかしいとか
そんな気持ちは起きなかった。彼は泣きながらも「わかった」と私に告げ、また電話
をするということで電話を切った。やはり自分の気持ちを伝えるということはどうな
るのであれ大事なことだ。目論見は抜きにして、わかってもらえなくてもいい、
ただ後で後悔だけはしないように・・・

 そしてその直後私は友達を誘い飲みに行った。ああはいったけどとても一人じゃい
られなかった。ハイテンションで飲みつづけていたけど、ぐっと今までの感情がこみ
上げてきた。思わずわっと一瞬泣いてしまった。みんなびっくりしていたようだ。普
段絶対になくことのない私がほんのひととき号泣したから。すぐ復活してまた楽しく
飲んだけど、心の中は耐えられないものだった。

 再びしばらくいつもの毎日を過ごしていた。長く感じたが実際は一週間くらいだっ
たんだろうか。彼から電話がかかってきた。答えの電話だということがわかっていた
ので、少しぎこちない電話になってしまっていたと思う。

 彼は普通に話していた。この間の電話のことには触れずに・・・そして今度の正月
には東京のほうへおいでと。そして一緒に正月を迎えようと。それが答えだった。こ
れが彼の答えの表し方なのだ。私にはよく伝わった。なんとも彼らしい伝え方だ、こ
れは彼にとっては明確な気持ちだ。

 そして正月に約束どおり東京に遊びに行った。彼がお金のない私のために送ってく
れた東京札幌間の往復チケットで。会えば別れるのがつらくなる。そして彼の何かで
弱っている様子も伝わってくる。正月休も終わり札幌に戻って私はいろいろ考えてい
た。決断するときがきていた。

 そして決めた、私は東京へ行こう!と・・・

 それは長年の夫婦のような感覚でもあったし、自分の人生の転換期のようにも感じ
ていた。ただ彼のためにというのは彼もいやだろうし、私自身にも不服だ。もちろん、
自分への挑戦になるかもしれないと思った。”Change my life” このキーワードを
頼りに行くことを決めた。やっと一人暮らしになり、このまだ住み慣れてはいない部
屋の荷造りをし、今度は行きだけのエアチケットで。

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 さあ、いよいよこのカミングアウトシリーズも次回をもって終わります。
東京に来てから今までのこと、気持ち、この回で書けなかったこと、そして今までた
くさんのひとに会い、一番質問を受けたこと。
「どうしたらそんなに長くつきあっていけるの?」それについても私なりの視点でお
届けしたいと思う。最終回、乞うご期待!!
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