カミングアウト〜ゲイ履歴書〜part5-“ゲイ能界”-




 駆け抜けるように日々は過ぎていった。それはパート4でも書いたとおり私は日々
自分の中で心が輝いていった。
 めまぐるしく流れる時間の中で、仕事がひけてから飲みに行くことが生き抜きであ
り、リフレッシュし、ストレスの発散の場でもあった。あの頃は休みの日でも飲みに
出かけていたものだ。

 何軒かのゲイバーに飲みに入ったし、ママにも連れて行ってもらったりしたもんだ
。しかしあるときから何かが変わってきた。普通に飲みに行っていた頃と扱いが違う
気がした。全部が全部じゃないけど、あるお店ではよそよそしくなった。

 後日ある友人からとんでもないことを聞いてしまった。それはといえば、私が最近
客をとっているという情報だったり、どこそこかまわず売春しているということだっ
たり、また金遣いがあらくなり、いろんなお店で金をばらまいていい気になっている
といったことばかりだった。友達さえもこう聞いた・・・「まさかとは思うけどさ、
あんたほんとにそんなことしてるの?」

 冗談じゃない、根も葉もない噂とはまさにこういうことだ。その時私はそそり立っ
た渓谷から一気に突き落とされた気持ちだった。友達に尋ねた。「ねえ、誰がそんな
ことを言ってるの?」友達は「はっきりわからないけど、○○バーのマスターが言っ
てたって聞いた」

 それを店のママに報告した。するとママはあっけらかんとして、「そんなのよくあ
ることよ。通らなくてはいけない関門だと思いなさい」、そう笑って言った。そのあ
とにママが話してくれたが、ゲイの世界は芸能界に似たところがあるという。それは
・・・

 目立つものは許さない。出た杭は打つ。上り調子の者はつぶしをかける。

 さらにあとから聞いた話しだが、そのときの私の調子の良さはこの狭いゲイの世界
、方々に伝わっていたそうだ。調子が良いといってもただ毎日を楽しく働いて、生活
を楽しんでいただけだ。それをそのマスターが意図的に情報を流し、皆に悪い印象を
与えこの世界から追放しようとしていたということだった。
でもわたしにとっては寝耳に水、全く関係のない話だ。自分のためにがんばって仕事
をしているだけで噂されたことは何一つやってはいない。それを私はそんな風に言わ
れなければいけないのか・・・

私はそのバーに行った。そして直接マスターに言った「マスター、聞いたんだけど最
近いろいろ私のことを言ってるみたいね」 マスターは「そんなの知らないよ。聞い
たけどひどいよね、あんなこと言われるなんて・・・」そうマスターはへっちゃらな
顔をして言葉を返した。

「マスター、なに言ってるの?全部いろんな人から聞いたんだけど。嘘つかないで。
何か悪いことをした?私だってマスターと同じように頑張って仕事を毎日してるだけ
だよ。何を言ってもいい、でも嘘の噂だけは流さないで。私嘘が一番嫌いなんだ」

よくこういう人に言うなんてバカだよ、言うだけ無駄。なんていう人がいるけど、私
は嫌だ。真実ははっきりさせ、意見は言わせてもらう。これは私の一貫した考え方だ
ったから・・・

マスターはそういっても最後までしらばっくれた。バツの悪そうな顔をしてたが、最
後の最後まで知らないの一点張りだった。私もとりあえず言うことは言ったので、即
座にこの店を立ち去ろうと思い席をたった。いつもは送りになんて来ないマスターが
ドア口まで私を送りに出た。私は心の中で「ふん、それが嘘の証だよ」そういい、
もう来ないことを決め店をあとにした。

それからというもの、私はゲイバー関係には行かないようになった。行けばまた同じ
ようなことが起きる可能性があるだろう。聞きたくなくてもいやでも情報は伝わって
くるだろう。と同時に“ゲイ”自体嫌いというか、信用しなくなってしまった。ゲイ
がゲイを否定してしまったらおしまいだが、そのときはそう考えざるを得なかった。

そんなことがよくあるというのは、話しでは聞いていたがまさか自分に降りかかってくる
とは考えも及ばなかった。まさしく“ゲイ能界”といった感じだ。抜きん出るものがい
たならつぶせ!をスローガンに掲げているかのようだった。特にあの頃は・・・。友
達だと思って付き合っていた友人たちが、実は別な情報を流していたということも判
明した。

その気持ちはしばらく続いた。今でこそ、その感情は薄れたにせよ絶対に忘れること
もないだろう。悲しいけど、もって生まれたものがある。みんな負けず嫌いというゲ
イの最大の特徴がある。悪いことで書いてしまったが、それ自体は悪いことではない
。だからこそ仕事で成功している人や芸能界でトップに立っているひと、美容業界で
も技術は他の追随を許さないほどの技術者だっているのだと思う。みな負けまいと思
い、技術や感性に磨きをかけているのだろう。

私はまたそれらの出来事によって教えられたことがあるのも事実だ。自分が自分に誇
りをもってやっているならば、所詮嘘は嘘であり、輝くものはより輝き、真実のみが
残る・・・

だから私は蚊帳の外にいることに決めた。足の引っ張り合いに時間を費やしているひ
まなどない。そんなひまがあるんだったらさらに自分を向上させていかねばならない、
そう考えていた。あのときの私は最大限に肩に力が入っていた時期でもあったのだろ
う。見えていないものも数多くあったが、経験と手探りでひとつひとつ物事を学んで
いったのだ。

そんなことがあっても、人を信じる心は忘れなかったし、忘れたくなかった。必ず何
かがあればその逆というものが存在する。私がいやな目にあってもそれを支えてくれ
る人たちがいたからだ。だから信じるこころは失わずにすんだ。それを失っていたら
私はまた落ちていた時代に逆戻りしていただろう。

 ただ、ひとつ不足していたものがあった。それは『支え』だった。時々は誰かとセ
ックスはしていたものの、心のよりどころというものはなかった。仕事と家との往復
だけではどこか寂しいものがあった。恋という言葉からは少し離れていたのだ。そん
な時今の彼と出会うことになった。