カミングアウト〜ゲイ履歴書〜part4 -すすきの屈辱編-



 その日、店に連れてってもらって面接ということだったが、面接らしい面接もなく、
「とりあえず働いてみない?」ということで働くことにした。すごく緊張したが、楽
しく働けて初日はあっという間に過ぎてった。
 
 しかし、そう甘くはない。働き始めてすぐに鉄拳がとんできた。私は何も知らなく
一から教わった。毎日毎日、何かと怒られていた。しかし不思議と滅入ることはなく
頑張って働いていた。この水商売のときの話は、別の機会に詳しく書こうと思ってい
る。なぜなら、私にとって最大の影響を与られた時代だからだ。ここではテーマが違
うので簡単に書く。
 
 とにかく、私の投げやりになっていた心は少しずつ消えていった。そんなことを言
っているひまもなくなったからだ。1ヶ月、2ヶ月、半年と働いているうちに自信も
ついていった。昔から人を楽しませることが好きだった私だが、それはもう昔のこと
だと思っていた。

 でも、こんな私でもまだ人を楽しませることができるんだと感じた。前のエッセイ
でも書いたが、様々なお客さんからいろいろなものを教わった。その中でも一番感じ
たのが、私という存在。自分を認識できずにいた私は、どこかさまよっていたと前述
していたが、私は今ここにいるんだ、こうしてお客さんとの会話の中で、そしてお付
きあいの中で私の話を聞きに来てくれている人もいる。真っ先に呼びかけてくれるお
客さんもいる。自然に“世の中の私”というものを知ることができた。

 もちろんそのときいろいろあった。あるお客さんは常連ですでに8年も来ていると
いう人がいた。そのお客さんはある時ちょっと酔っていて、「シェリー、○○ちゃん
下まで送ってあげて〜」とママが言ったのでエレベーターで下まで送ることにした。

 するとその人はいきなり私にキスをしてこようとした。私はびっくりした。そんな
こと今までおくびにもださなかったのに、突然だったからだ。私がびっくりして避け
ると、今度は体のいろいろなところを触ってくる。そして「なぁ、シェリー、ホテル
行こうよ」 さらに驚いたことは言うまでもない。

 でも私はそのとききれいごと抜きで、そんな感じが全くしない人がこんなこと言う
なんて、なんて刺激的!?別にそれでもいいなって思った。とりあえず、私の行きつ
けのお店に連れていって、待っててもらうことにした。しかし時間は2時位、普通に
営業時間は4時まで。無理かなとも思ったが、私の希望ではない。心配したとおり、
お店は忙しくて終わったのが結局5時、いないだろうなと思い、行ったら案の定いな
かった。店の従業員に聞いたら少し前に帰ったといった。そしてフラレタみたいだか
らもう帰ると言っていたそうだ。ん〜、違うのにね。

 それから、女性のお客にも誘われたことが何度かあった。楽しく話していたら耳の
ところでこう囁く。「ねえ、シェリー、ホテル行こうよ〜」さすがに前の客のような
気分にはならなかった。私は「はぁ〜??どうしたの?いやよ〜!」と言った。する
と「ホテル代とか私が出すから・・・」、もちろんその次の私の言葉は、「ばっかじ
ゃないの〜!もうお家に帰ってアタマとアソコ冷やしなさい!!」だった。
とにかくまさかと思うことも、いろいろあったのだ。

 そんなこんなで、楽しいことも腹の立つこともちょっぴり刺激的なこともあったが、
もうひとつ味わわなければいけないことがあった。すすきのを仕事帰り歩いていたら、
二人の酔っ払いに出くわした。彼らは横断歩道をこちら側に歩いてきた。すれ違いぎ
わに、「おい、オカマだ。オカマが通った」と言った。なんでわかったのかは知らな
いが、すでにそういう雰囲気になっていたのかもしれない。

 私はあまりの失礼な言葉に立ち止まって、「そうよ!そうだけどその呼び名で言う
のは失礼にも程があるわ!」そう言った。その酔っ払いは、「なんだよ、このオカマ。
オカマのくせに口答えしやがって!死ねや!」そう言い、持っていた缶ビールを私め
がけて投げつけた。私の胸に命中して、しぶきで服も短パンをはいていた足もびし
ょびしょに濡れた。

 驚きのあまり少しの間声が出なかったが、「なにさ!なんでこんなことするのよ。
私が何したのさ!?」それに対して酔っ払い二人は、へらへら笑いながら駅のほうに
消えていった。

 私は泣きそうだった。そう、初めてそういうことで泣きそうだった。涙こそ出なか
ったが、心は泣いていた。次の日起きてみたら、左胸の上あたりが赤くなっていた。
かなり強く投げつけられたからだろう・・・。そのとき私は強くなろうと決めた。そ
してママがいつも言う言葉。
「根性よ、根性のある子が最後に勝つのよ!」
その言葉が何度も何度も思い出された。

 それから数日後、さらに追い討ちをかける出来事があった。今度は出勤のときにす
すきのを歩いていた。すると前から見覚えのある人が歩いてきた。顔がわかる距離ま
で近づいてきた途端、誰だかすぐにわかった。

 それは、私が東京から戻ってすぐに働いたすすきのにあるレストラン『yours』の
チーフだった。向こうも気づいたみたいで声をかけてきた。
「お前、きよか?久しぶりだな」私も「お久しぶりです」と返した。そして、今何を
やっているのかを聞かれたので、私はいまやっている仕事を答えた。

 すると、「おまえ、オカマになったのかー?!うちで働いてるときもそんな感じし
たけど・・・なにやってんだよ?!!おまえだいじょうぶか〜?!」
一瞬カチンときた私は、「ええ、今の仕事好きだから。ご心配には及びません!」と
切り替えした。その直後、信じられない言葉をその男は発した。

 「俺、オカマには用はねぇんだよ。めざわりだからもう俺の前に現れんなよ!もう話
もしたくねえから。声もかけないでくれ」。このときの私の気持ちはどうだったか?
それは明日の新聞に『すすきので殺人事件!』の見出しに載ってもいいとさえ思った。
しかし、現実味のない話しなので、現実的に対応することにした。

 「あぁそう。私もあんたには何の用もないわ。声をかけるなって?ええ、もちろんこ
っちから願い下げよ!」やつはさらに「そうか、そうしてくれ。お前みたいな病気持
ちと関わりたくねえから」軽蔑のようなまなざしと同時にこの言葉を私に向けた。
 「冗談じゃない、なんで私があんたにそんなこと言われなきゃいけないのさ!私があ
んたになんか悪いことした?ねー!?みんなそれぞれの人生を生きてんだよ。あんた
はあんた、私は私の生き方があるんだよ!それが頭がおかしい?病気だって?それは
アンタだよ!現実にあるものを認識できないあんたのほうが完全に病気だよ!!ほん
とにかわいそうな人だよ。そういう考え方しかできないなんてさ」

 やつが言葉を発するスキも与えず、心からの言葉を羅列し、吐いた。それでもその男
は、「とにかくそういうことだ」そう言い捨て私の横を通り過ぎていった。

 私は不思議と悲しさや虚しさはなかった。もちろん憎む心は正直あったけど・・・。
それよりも私がここまで言いのけられたことができて、達成感みたいなものが感じら
れた。

 私には知らず知らずのうちに、自分のスタイルや基盤ができていた。それはもちろん、
人に胸を張って語れるほど素晴らしく完璧なものじゃなかった。しかし少なくとも“
ここにいる自分”は決して恥じるべきものではない。この大歓楽街“すすきの”で生
き、働いている中の一人。いろんな人がいていろんなことを抱え、いろんな事情で働
いていたり飲みに来ている人々の中の一人。それは埋もれるということではなく、大
勢の中の私を認識でき、悟ったときでもあった。

 全てこの街が私を育ててくれ、ここに来る人たちが私を育ててくれたと改めて実感
した。
 そのあと、お店に行った私はへこんでいやな気分になるどころか、素晴らしい仕事を
することができた。そのあとも、いやなことや腹の立つこと、怒られることはいっぱ
いあったけれど、水を得た魚のようにめきめき輝いて仕事をすることができたのだ。
私を認識させてくれた人々に囲まれながら・・・

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まだ終わらないわよ!従業員のことも残ってるし、
彼とのことも話してないでしょ??
語りすぎですって?語れるときに語りましょ!!!
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