〜カミングアウト〜ゲイ履歴書〜 part3 -デビュー編-




 しょうちゃんはそれから、私の気持ちに答えるかのようにこう切り出した。「今度
函館・大沼に行こう。そういえば二人で遠くに出かけたことないもんな」と・・・
 私はうれしかった。何もなくてもしょうちゃんがいる。なにもなくても二人はいる
、それだけで。

 そしてまもなく大沼に行く日がやってきた。今度は“正式”に前の日から泊まりに
行って、朝早く出発した。とても爽快な北海道の8月のドライブ。今も忘れられない
のがそのときに車の中でかけていた曲。彼はユーロビートとチューブが好きだった。
だからもちろん行き帰りの車の中でもそれらはかけていたが、中でもチューブの『あ
ー夏休み』が強烈に私の印象に残っている。
 今でも『あー夏休み』を聞くと、あのときの風や景色、楽しい雰囲気やちょっとせ
つない気分も蘇ってくる。とにかくそれくらいあのときは、日帰りの旅行だったけど
本当に楽しかった。

 帰ってきてからも、けんかは時々するけどいい日が続いた。私はぜひ彼と共に部屋
で過ごしたいと思い、部屋まで借りた。低い給料でもそれだけはしたかった。彼のた
めに料理を作り、一緒にテレビとかを見たかった。ホテルで会うのは少し寂しかった。

 しょうちゃんに合鍵も渡した。彼は私を驚かせるために突然やってきたりした。部
屋をいきなり借りたため電話を引くお金はなくて、相変わらず公衆電話から電話をか
けていた。

 そんな彼とも別れのときはやってくる。いつものように公衆電話にテレかを数枚用
意して行き電話をかけた。「ねえ、今度いつ会えるの?いつ休み?」彼は「最近忙し
いから休みが取れないんだ」と・・・
 「そっか、仕方ないね。でも会いたいよー」私はそんな恋人らしい言葉を伝えつつ
電話を切った。そしてまた翌週電話をかけた。でもつながらない。いつもはこんなに
つながらないはずがない、どうしたんだろうと思いながらも何度もかけた。しかしい
っこうにつながらない。

 思い切って会社に電話をかけてみた。すると「**は17,18日と公休をとって
おりますが・・・」一気に私の血の気は引いた。一体どういうことなんだろう・・・
私は言い表し様のない感情の中で必死に考えた。18日の夜を待って手を震わせなが
ら、しょうちゃんに再び電話をかけた。

 彼はすぐ電話に出た。「もしもしワタルだけど・・・、昨日おとといどうしてたの
?」彼は「夜中まで仕事だった。機械の調子がおかしくてさ。」と言い放った。「ふ
〜ん・・・」私のいつもと違う声に「どうしたの?そんないつもと違う声で」私はこ
の言葉を待っていたかのように、彼に怒りの言葉を向けた。

 「ちょっと、なんなの?しょうちゃんうそついてるでしょ!昨日会社に電話かけた
ら休みだって言われた!公休とってたんでしょ!」そういうと、彼は「ばれてたんな
ら仕方がない・・・」。もう私の中で全てが崩れた。
 「なんで?なんでうそついたの?」
この問いに対して「時間がほしかった。自分の時間が・・・。親にも会ってなくて昨
日おとといは実家に帰っていた」

 そのときの私は許せなかった。思わず「もう終わりだね・・・うそまでつかれて一
緒にいれない」そう言ってしまった。しょうちゃんはそれに了承した。もう終わりだ
と思うと涙が止まらなかった。出会った頃、夏の旅行など、いろいろな思い出が駆け
巡って。

 それから数日後、目覚めたらドアのポストから落ちているものがあった。手紙だ・
・・しょうちゃんからの・・・。その手紙にはこう書かれていた。
    〜いろいろありがとう  そしてさようなら〜
 この言葉だけの短い手紙だった。それと共に“合鍵”が入っていた。きれいな便箋
に透明のプラスチックのおしゃれな封筒、そしておそろいのシールで閉じられていた。
そんなものを買うような彼じゃなかったのだ。これを書くためだけにお店で買ったの
だと考えた瞬間、泣いた。
 彼の最後のきれいな別れ方だったのだろう・・・

 それからの私は荒れた。ゲイの世界にどっぷりつかってやろうと思った。以前ゲイ
雑誌で見たことのある店(ホモバー)に行こうと思い、1軒の店をピックアップして
行くことにした。そう、私はそういうところは行ったことがなかった。
 その店の前につくと妙にドキドキして緊張していた。でもここまで来たんだからと
思い店に入った。するとたくさんの男がイスに座っていた。あれ、なんか雰囲気があ
やしい。カウンターに座るとまもなく経営者らしき人が私の隣に座った。間髪いれず
にこう私に言った。
 「どんな子がお好きですか?うちは19歳から28歳までいます。あそこに座って
いるのが22歳の子で、端に座っているのが24歳・・・・・」

 私がそれを聞いてきょとんとしているとそのママは「あれ、あなたウリ専に来たん
じゃないの?」私は「ウリ専ってなんですか?」と聞くと「あー、やっぱり〜あなた
間違えてるのね。」と言った。それでも私はさっぱりわからなかった。ママは説明し
だした。

 「あのね、ここは普通のホモバーじゃなくていわゆる“ウリ専”っていうところな
の。お客さんがきてその人の好みを聞き、あそこにずらっと座っている男の子たちか
らタイプの子を選んでもらって、お店で飲むのもよし、外に連れ出してもらってもい
いの。そして料金は2時間だったら〜〜円、泊まりだと〜〜円よ」

 私は全然知らなかったのだ。そりゃそうだろう。今までこういうところに来たこと
のない17歳の少年だったのだから。
私が“ここの”客ではないとわかるとママはこう切り出した。「あのね、あなた働い
てみない?きっと売れると思うの。うちのお客はいい人ばかりだから、いやなことと
かされないし1ヶ月に結構稼げるのよ。あそこに座っている子達はほとんどノンケ
(ゲイではないストレートの人)の子ばっかりなの。お金を稼ぎたいと思う子たちが
ほとんどだから、あなたも・・・」

 私はママに言った「あっ、でも17なんです・・・」すると彼は「えーー、そうな
のー?残念!いくらなんでもうちだって18歳以下の子をやとったら捕まっちゃうか
らね。じゃあ、18歳になったらいらっしゃい!きっといいお話しだと思うわよ」と
私に告げた。スカウトされてしまった。それに飲み代もタダにしてくれた。「あなた
のデビュー記念としてごちそうするわ」と言って、普通のゲイバーも紹介してくれた
。「もう間違えてこんなところ入っちゃダメよ」と店の外まで送ってくれた。よかっ
たいいママで。あなたの店には入らなかったけどね。

 それから紹介されたお店に行ってみた。こぢんまりとしたお店の中にはママと従業
員、そして数名の客がいた。私は店に入って今さっきあった出来事を話したら思いっ
きり笑われた。でもやはりここでもタイプの人とか聞かれた。と言っても、そのとき
の私にタイプなんてなかった。でも若い頃というのはよくわからないというのが普通
のような感じがする。

 しばらく飲んでると、店の人が一杯の酒を差し出した。「これ、あちらにいるお客
さんから」と。私は初めてだった、そのような経験は。店の人も勧めるのでその人の
隣に行って飲んだ。いろいろな世間話をしながら少し時間がたったところで、「もう
一軒お店に行かない?」そういうので、そのお店を出た。

 そして違うお店で飲んでまた話しをしていたら、「ホテルに行こう」と言われた。
別に初めてでもないし嫌いでもなかったので、恥じらいながらもそうすることに決め
た。一応そのときはホテルに行くことは恥ずかしいと思うこころがこの私にもあった
のだ。それでも私は一夜を共にしてしまった。それからもよくそのお店に行き、何度
かそういうことになった。

 本当に心がすさんでいた。いろんなところに行っていろんな人と体を交わらせて。
自分というのが何なのかがわからなくなっていた時期でもあった。だからあのときの
私はいろいろな人物になっていた。あるときは大阪人、あるときはヤクザの息子、ま
たあるときは感情のない子・・・

 本当の私はいらない。必要ない。本当の自分をぶつければまた自分が傷つくだけだ
。どうせみんなの目的は体だけで、いやらしい目に真実なんて必要ない。そう思った。
私はとことん落ちていった。恋人に嘘をつかれたと悲劇のヒロインになり、ゲイバー
でもなにひとつも見いだすことはできず、それでいてゲイである自分は確実にここに
いるわけで・・・。空虚な心と恐怖感が同時に襲ってきた。

 「ねえ、どうしたらいい?ゲイなんだよ。女じゃないんだよ、男じゃないんだよ
!どうしたらいい?女好きになるようにがんばればいい?今の自分を全部取り替え
たらいい?」いつもこう自問自答していた。今から思えば、限りなく弱すぎる感情
に怒りが収まらないが。しかし年齢とそのときの状況からそのときはそう思った。
落ちて落ちて落ちまくった。私は底値のバーゲン品になっていた。9割引で大放出
。とにかく誰かと一緒にいたかった。一人でいると余計なことばかり考えるから。

 そんな生活を続けていたある日、いつものゲイバーにいくとそこのママが私にこ
う切り出した。「ワタル、あのねちょっと相談があるんだけど、あんたさ、夜仕事
する気ない?って言ってもホモバーじゃないし女装をするわけでもないの。お客さ
んはノンケや女の客だしさ、客層もいいの。前からね、そこのママに頼まれてたの
よ。誰かいい子いたら紹介してよってさー。ちょっと考えておいて」

 私は数日考えてOKの返事をした。何もしない何もない自分よりはましかと思っ
たし、表現好きの私の血が騒いだのも事実だった。その足でそこのお店に連れて行
かれた。後々私の生活を変えるお店へ・・・