ある秋の出来事





 突然だが、私は虫を食べるケースが非常に多い。それが秋という季節になると殊のほか凄いのだ。
あまりにも話が唐突だったので、まずどうしてそのようなことが起こるのかを検証してみたいと思う。

 その理由として、一つはこの秋という時期だ。普通、夏にたくさんの虫が発生すると思われがちだが、秋の方が数多くの種類、そして群れをなした昆虫が出没する。 もうふたつめの理由は、私の愛車にあると思うのだ。 私の愛車はカラフルな手動式ベンツである。

 平たく言えば派手な自転車だ。 これによって行動する私は虫のテリトリーを突っ切ることも珍しくないのだ。 更に三つめの理由は、自転車を運転しながらほほえむくせがある。 木立のなかを走りぬけると、なにか爽快な気分が胸をいっぱいに満たしてくれるのだ。

 今あげた3つの理由から自分なりにまとめてみると、私は札幌出身だ。
北海道の冬は雪が積もるので、自転車に乗ることはできない。
そのため秋はもうすぐベンツに乗れなくなるため、何故かもったいない根性が出て
乗りだめしておこうと思いベンツで散策する機会もおのずと多くなる。
プラス、口を半開きにして笑みを浮かべながら残り少ないわずかなひとときを満喫する。

 その事により、私は毎日といっても過言ではないほど虫を胃袋に収めている。 
更にどうして虫を食するのかを弁解しよう。 自転車を走らせていると、木の横を通りかかる。

 必ずと言って良い、その周りにはとても小さな虫が群れをなして飛んでいるものだ。
 そして、微笑む私の口に虫が一匹、ないし二匹まいこんでくる。その直後に私の舌に粘液でペタリと付いてしまう。 口に入ればもう遅しと言うことだ。 最初のうちは手で取ろうとしていた。

 だが、経験者にはわかるはずだ。 一度付着するとなかなか取れないということが。 それより私が恐れたのは、私がそうやって試行錯誤している間にも虫は多分生きているであろうこと。

 それより私が何倍も恐れたのは、虫は勝手に勘違いして私が故意にその虫に対して攻撃していると思われ、防衛本能が働いて変な液などを口の中で分泌されているんじゃないかと思うと、体中鳥肌が立ってしまう。

 そう思うと一刻も早く虫の息の根を止め、胃へ送り込み消化させてしまう方が人間として一番利口なのではないかとふと考え始めた。
たかだか一匹の虫のために数分間、自分がいいように操られていることが情けなかった。そうは言ってみたものの、かなりの勇気を強いられるものだ。

 話は移るが、この間私がショッキングだった出来事をお話しよう。

 いつもの様に心地よい秋風を浴びて駅に向かう途中、もうすぐ到着だと気を許した瞬間・・・・、トンボが私の口を襲った。

 あまりにも衝撃的だった。 この時期、トンボは2匹くっついて飛んでいて和やかな雰囲気の中の出来事だったからだ。

 全部が口の中に入ったわけでなく、トンボの左の羽根と胴体の半分ほどだ。 
あの太陽に当たると七色に輝く羽根と、線がたくさん入っていて毛に覆われてる
あの気持ちの悪い胴体が己の口をかすめたかと思うと卒倒しそうな程だった。

 と同時に、そのトンボの安否が気遣われた。 多分、あまりの日数を必要としないうちに
死亡したと思われる。 口腔内に入ったときの衝撃と、口の中の唾液によって羽根は
使いものにならなくなったと思う。(その時のスピードは、出勤に向かう途中で急いでいたので、結構な速さだったと思う。トンボの方も秋の追い風に乗り、なおかつ飛行していたので、二つのスピードがあいまって、とてつもない衝撃だったと思う。)

羽根を持つ生き物がそれを傷つけてしまえば、それは命を絶たねばならないと言う意味だ。これから結婚しようとしていたあのトンボのことを思うと、かわいそうで申し訳なく思う。

もうこの事を話すのはよそう。 これ以上書けば、あの記憶が鮮明に蘇えるからだ。
 これを読んだ方も細心の注意を払ってほしい。 以上だ!


(p) 1993. 10